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秋田地方裁判所 昭和45年(わ)51号 判決

被告人 青柳三喜夫

昭八・二・六生 秋田総合高等職業訓練校教導

主文

被告人は無罪。

理由

一、本件公訴事実の要旨

本件公訴事実の要旨は

「被告人は、秋田総合職業訓練所職員組合の執行委員であるが、同組合が年末手当の増額を要求して宿日直拒否闘争に入つたため、同訓練所長が植木職工藤竹蔵(当時五一年)を臨時職員として雇入れ、昭和三九年一月一四日から同人を宿直勤務に当らせたので、同組合は同人に対し、臨時職員として働くことをやめるように説得していたところ、被告人は、その説得に当つた際強いて同人を辞任させるため、

(一)  同月二四日午後六時頃、大館市万吉川原所在前記訓練所所長室において、同人に対し、「臨時職員の仕事をやめて貰いたい。やめなければ、大館、早口のあんたの出入先をとめることができるし、とめて見せますよ。また、あんたの息子は花岡工高の機械科に行つているようだが、自分の従兄弟が花岡工高の田山教頭だから、その先生に頼めば息子さんのことは何とでもできるし、学校に行けないようにしてやる。」旨大きな声で、かつ、威嚇的な態度で申し向け、もつて、同人の営業および息子の就学に危害を加えるべきことを通告して同人を脅迫し、

(二)  同月二七日午後五時過頃、前記訓練所ボイラー室において、同人に対し「毎日言つてもわからないか。土曜でも日曜でも、やめないうちは毎日でもやりますよ。毎日こういうふうにやられると、あんたは一人で精神科に行かねばならないようになる。そうなるようにやりますよ。」と大きな声で、かつ、威嚇的な態度で申し向け、もつて、同人の精神状態に危害を加えるべきことを通告して、同人を脅迫し

たものである。」というのである。

二、当裁判所の認定した事実と法律判断

(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  事件に至る経緯

全国総合職業訓練所職員組合は、昭和三八年一〇月頃から、使用者である雇用促進事業団に対し、年末手当の支給を要求して団体交渉を重ねていたが、交渉が決裂し、かつ中央労働委員会の斡旋も不調に終つたため、同組合本部の指令により、同年一二月二三日から全国の各総合職業訓練所において一斉に無期限の宿日直拒否闘争を開始した。秋田総合職業訓練所においては、従来同訓練所の内部規程に基き、所長、庶務課長、訓練課長を除く職員が二名ずつ宿日直に当つていたところ、同訓練所職員約二三名によつて組織される前記組合秋田支部(以下組合という)も右闘争を開始したため、その後は、右管理職三名およびその他の非組合員二名が一名ずつ交替でこれに当ると共に、前記事業団の通達に基いて、同日以降アルバイトの学生等を三回に亘つて順次一名ずつ雇入れてこれに当らせた。これに対し、組合は、右アルバイト学生らに対し臨時職員を辞めるよう説得活動を続けたため、右学生らはいずれも短日間で辞めていつた。そこで同訓練所所長は、昭和三九年一月一四日臨時職員として、当時失職中の植木職工藤竹蔵(当時五一年)を約一ヶ月の雇用期間をもつて雇入れ、宿直勤務に当らせた。組合は、同人に対しても、同日から二、三名の組合員が交替で、土曜、日曜を除いて殆んど連日、辞職するよう説得を続けたが、工藤は生活苦を理由にこれに応じなかつた。

なお被告人は、昭和二八年頃から同訓練所教導として勤務し、組合には結成当初から加入し、昭和三八年九月頃からは組合執行委員となり、右宿日直拒否闘争に参加していたものである。

(二)  公訴事実第一について

被告人は、昭和三九年一月二四日午後六時頃から、同訓練所所長室において、組合員塚田研一と共に工藤に対し臨時職員を辞するよう説得に当つたのであるが、その際、話題は、まず工藤の夜廻りの経路、鍵の不完全な個所、宿直日誌、事故の責任等宿直一般に関することから始まり、次いで被告人において「工藤さん酒つこの方はどうです。あなたが酒を飲む人であれば酒を飲んで話せば一番よくわかる」等ともちかけ、工藤が「酒もたばこも飲まない」と答え、さらに工藤において「今着ているジヤンパーも実は借りて来たものだ。給料をもらつてから払うのだ。」と話したのに対し、被告人も「われわれも同じだ」などと答えるなど、酒や服装の話から、お互いの暮しが大変だという同情的な趣旨の話題も加えられながら、特に緊張したふんい気もないままに、被告人は、工藤に対して臨時職員を辞するよう説得をつづけたのであるが、工藤は依然として自己の窮状を訴えてこれを拒否したため、被告人は、さらに工藤に「私は何十年も大館に住んでいるし、職業柄いろいろな業者とも交渉があり、大館、早口方面の庭をつくつている人を知つているからその方面の職を世話してやつてもいい」旨話し、庭の持主の名を具体的にあげたのに対し、工藤も「あの庭はきれいだしな」などと相槌を打ち、また同席していた右塚田も「北星製菓の夜警が足りないそうだが、どうか」と口をはさんだりしたが、工藤は頑な態度に終始し、転職の話に乗つて来なかつたため、被告人は次第に焦燥と憤慨の情が昂じ、大声で「大館、早口に庭をつくつている人を多く知つているからあなたの植木職の出入先をとめることもできる」旨、さらに「あなたの息子が花岡工高にいるそうだが、あそこには知り合いの先生がいるから、その人に頼めば息子のことはどうにでもなる」旨の発言をするにいたつた。しかし、その後も被告人と工藤との間には就職斡旋の話が交され、結局被告人は工藤に対して、転職の時期等を月曜日までに返事してもらいたい旨告げてその日は別れ、同月二七日に被告人から再び工藤に対し、就職斡旋の話がもち出された、以上の事実を認めることができる。

本件公訴事実第一においては、冒頭掲記のとおり当日、被告人が工藤に対し、「臨時職員の仕事をやめて貰いたい。やめなければ大館、早口のあんたの出入先をとめることもできるし、とめて見せますよ。またあんたの息子は花岡工高の機械科に行つているようだが、自分の従兄弟が花岡工高の田山教頭だから、その先生に頼めば、息子さんのことは何とでもできるし、学校に行けないようにしてやる。」旨申し向けた、とされているのであるが、果して被告人が「とめて見せる」とか「学校に行けないようにしてやる」とかの断定的な言辞を用い、また「従兄弟の田山教頭」という具体的な名をあげたかいなかについて判断する。右公訴事実に沿う唯一の直接証拠として前掲工藤証言が存在するが、同証言を仔細に検討すると、同人は当日まで約一〇日間、土曜、日曜日を除き、殆ど連日のように組合員から辞職の説得をうけていたため、被告人ら組合員に対し好感情を持つていなかつたものと推認され、また所長の指示もあつて組合員の説得の内容を遂一手帳等にメモして同所長に報告するなど組合員に対して強い対抗意識を有していたことが明らかであつて、被告人の発言内容に対し、誇張した解釈をくださないとも限らない虞があると認められること、また、田山教頭は同月中旬、組合とは無関係の要件で同訓練所を訪れたことはあるが、被告人には全く未知の人物であり、田山教頭も被告人を全く知らないということであり、さらに前記工藤のメモには、鈴木庶務課長らが工藤の知らない組合員の名前などを後に補充したこともあることなどの事実に徴すると、田山教頭という文言も後に同人を知る者によつて補充され、工藤があたかも当時被告人からいわれたように思い込むに至つた疑いがあり、右工藤証言の当該部分はにわかに信用できないものといわなければならず、また後記のとおりその任意性および信憑性の認められる被告人の検察官調書(イ)、(ロ)においても被告人の右のような断定的文言は記載されていないのであつて、その他被告人の供述、塚田証言等を綜合すれば、結局前示認定のとおり、被告人において「植木職の出入先をとめることもできる」旨および「息子のことはどうにでもできる」旨の発言があつたにすぎないものと認めざるを得ず、また被告人が「田山教頭」という具体的な名前を挙げたかどうかは確定し難いものといわなければならない。

ところで、被告人の右言辞は、一般的には、一応工藤およびその親族の自由または名誉に対する害悪の告知にあたるものの如く解されるが、被告人の右所為が刑法二二二条の脅迫罪の構成要件に該当するか否かを判断するためには、さらに右行為が同条の予定している違法な害悪告知行為にあたるか否かを検討しなければならない。

前示認定のごとく、被告人の発言は、生命、身体等に対し被告人が直接危害を加えることを告知したものではないのはもちろん、その内容自体抽象的で、断定的なものではなく、少しく思慮深い者であれば、その発言内容が実現性の乏しいものであることを感知できるものであり、かつその発言時の情況が、本件のごとき争議行為に通常随伴する説得活動の場において、前記のような会話の経過の中で、不用意に吐かれたものであること、工藤は、一月二四日までに、再三にわたる組合員の説得を受けて来たことから、被告人を含む組合員らが、自分が臨時職員を辞めないため争議行為の目的を達成することができずにいることを知り、組合員から相当強い説得を受けることをある程度予測していたこと、そして同人は所長や管理職員らと宿直勤務を共にし、組合員の説得活動の内容をメモにとりこれを所長らに報告するなど連日の説得活動に対抗する態度を維持し、本件発生後も宿直勤務を継続し、同年三月上旬闘争が終了するまで臨時職員としての職務を全うしたこと等の事実が認められ、また被告人の本件説得活動は、組合の争議権にもとづく権利の行使であつて、それが正当な方法と態様をもつて行なわれる限り、工藤もその結果当然予想されるある程度の自由の制限を忍受しなければならない立場にあると解されること等の諸事情を総合的に考慮すれば、被告人が、工藤に対する前記発言の際に、大声で威圧的態度をとつたとしても、工藤がさほど差迫つた畏怖感に襲われたものとは認め難く、工藤がある程度の畏怖を感じたとしても、それは前記のような同人の立場上忍受すべき程度を著しくこえたものとは認められず、結局被告人の本件所為はいまだ刑法二二二条の予定する違法な害悪告知行為には該らず、右構成要件に該当しないものと解するのが相当である。

(三)  公訴事実第二について

被告人が、公訴事実第二の日時、場所において右工藤に対し、同公訴事実と同旨の発言をしたことが認められる。

被告人の右発言も、組合の説得活動の一環として行なわれたものであることが明らかであるところ、右発言の内容は、要するに「同人がやめぬうちは毎日説得する。」「その結果同人が精神科にいかなければならぬようになる」というもので、右は、結局本件争議行為における被告人らの右権利の行使の継続を告知したに過ぎないこと、当時、工藤はそれまで連日のごとくに被告人らの説得を受けながらもそれに対抗する態度をもつて勤務を続けていたことは前示認定のとおりであること等を考えれば、工藤としては将来引続き説得を受けるということ以上に右発言により特別の害悪を受けるものと予想することはあり得ず、したがつて現実にもさほど畏怖したとは認め難く、ある程度畏怖したとしても、それは、先に説示したとおり、同人の忍受すべき程度を出ないものと認めるのが相当である。

そうすると、本件公訴事実第二の被告人の所為もいまだ刑法二二二条の予定する違法な害悪告知行為には該らず、右構成要件に該当しないものと解するのが相当である。

三、被告人の検察官調書(イ)、(ロ)の任意性について

被告人および弁護人らは、被告人の検察官調書(イ)、(ロ)は、警察署における自白強要、釈放の暗示による利益誘導、更に勾留による心理的衝撃、勾留後の痔疾の悪化、不当な処偶による屈辱感等の肉体的、精神的苦痛の下においてなされた取調による自白であつて、任意性がない旨主張するが証拠を綜合すると、司法警察員および検察官が被告人に対し自白強要、利益誘導等の違法な取調をなしたものと疑うに足りる事情は認められず、なお(証拠略)によれば、被告人は、黙秘または否認し、或いは、差戻前一審以来の公判廷におけると同旨の弁解をしていることが認められ、検察官調書(イ)、(ロ)においても、植木職の出入先を「いつでもとめて見せる」とか、息子を「学校に行けないようにしてやる」とかという工藤証言に沿うような断定的な文言は記載されていないのであつて、不利益な事実の承認をしながらもやはり工藤に対し就職の斡旋を申出た旨の弁解を維持しているなど多くの点で前掲杉本、塚田らの各証言と一致していること等の諸点に照らすと右各検察官調書の任意性および信用性はこれを肯認することができる。

四、公訴権濫用の主張について

弁護人は、本件起訴は、組合弾圧を目的とする不当な意図の下に、起訴便宜主義における自由裁量の範囲を著しく逸脱してなされたものであつて、公訴権の濫用であるから公訴棄却の判決を求める旨主張する。

所論のように、検察官が不当な意図のもとに、刑訴二四八条の裁量を著しく逸脱して起訴したものと認められる場合には公訴権濫用として、刑訴法一条、二四八条、三三八条四号により公訴棄却すべきものと解するのが相当であるが、本件公訴事実は、いずれも一見明らかに起訴猶予相当であるとは断定できず、本件起訴が不当な政治的意図のもとになされたものと断定できる事情も認められない。従つて公訴権濫用の主張は採用できない。

五、結論

以上のとおり本件各公訴事実中証拠によつて認められる被告人の各言辞は、ことばとして穏当を欠く部分がないではないが、刑法二二二条の脅迫罪に該当するものとは解されないから、いずれも結局犯罪の証明がないことに帰するので、被告人および弁護人らのその余の主張について判断するまでもなく、刑訴法三三六条により、被告人に対し無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

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